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「どうせ女々しい事でも考えてたんでしょう? 先輩らしくもない」
「入道雲って美味しそうですよね」
「お前はそんなにわたあめが好きなのか」
学校が夏休みに入ると運動部はさて本番とばかりに練習を詰め込む。勿論野球部も例外ではなく。
炎天下の中暑苦しいユニフォームを着て小さい白球を追いかけていた。時折監督の怒号が聞こえる。
しかしその中に例外が一人居た。マネージャーに背中を思い切り押されている俺。
「せんぱーい。体硬いですよー」
「うるせ、柔軟は体質かガキの頃の努力で決まるんだよ」
終業式を目前に控えていた日の放課後練習。練習試合で打ち取った筈のゴロが左足首に直撃した。
距離が近かった所為か直撃部分は大きく腫れ、歩くのも困難になる程。
練習に参加する事など出来るわけもなく、こうして一人汗臭い集団から離れてマネージャーと筋トレや柔軟をしていた。
部室の前はグラウンドがよく見えて、ボールがバッドに当たる音が聞こえるとどうしても視線がそちらへ行ってしまう。
「はい終わり。先輩、この際別メニューを全部柔軟にしましょう。投手なんだし、体が柔らかくて損はないですよ」
「それじゃあ筋トレはどうするんだよ。球速が落ちたらどうする」
「どうせ家で自主練しているでしょう? 無理に動かれても困るのでそっちで筋トレはしてください」
入部当時は野球の知識なんか皆無に等しかったマネージャーの相川。
半年も経たない内にルールは勿論、敵城視察の極意や効率の良い練習方法を身に付けていた。
何故か専門的な応急処置法は知っていたし。
去年卒業した、形だけの不真面目な先輩達とは違い正直とても助かっている。
先輩だろうが誰だろうが口の利き方が生意気な所はたまにキズだけど。
あらかじめ用意されていた練習メニューを一セット終わらせると相川は近くのベンチの上に置いてあったボードを取って何かを書き始めた。
恐らく体の硬さを指摘する文章に違いない。取り上げて修正させたい所だが素早く立ち上がれないので間に合わない。
「ベンチ、いつも以上に軋んだぞ。アイスの食べ過ぎか?」
悔しかったので少し意地悪を言ってみた。部室の外に置いてある青いベンチは小さな野球場などでよく見るプラスチックのもの。
監督が何処かから貰ってきたとか。年季が入っているので誰が座ってもと、ミシ・と嫌な音がする。
それでなくても熱さでほてっている相川の顔が更に赤みを増した。え、もしかして図星?
「先輩、足治ったら外周二十周を命ずる」
「お前何の権限があってそんな事言えるんだよ!」
「監督が何やらせてもいいって言ったんですもん」
意地悪をしたのはこちらの方なのに相川の方が楽しそうな顔をする。
女の子なんだから気にするであろう日焼け。顔は七月が半分も過ぎると真っ黒になっていた。
日焼け止めを塗らないのかと聞いてみた事があったが、「そんな事気にする暇があったら敵校の弱点でも探しています」と一蹴された。
別に始めから野球が好きだったわけでもないのに、何でそこまで出来るのか。
「あと一週間もすれば治るってお医者様は言ってたんですよね。いつまでもこんな所で寂しく練習なんて飽きちゃったでしょう?」
別練習に入ってから、相川は専属マネージャーにでもなったかのように俺に付きっ切りだった。
感謝しないといけない所なんだけど、なんだか一層、情けなさが増して。
ゴロだって上手く処理すれば当たる事なんてなかった。監督は不慮の事故なのだから仕方がないと言ってくれたが、ふがいない事には変わりない。
地区大会は二回戦負けで終わっていたから良かったものの、完治してあいつらの中に戻っていく瞬間がものすごく嫌だった。
投手は自信を持って偉そうな顔をしないとチームがしまらないのだけど、戻って早々大きな顔をしたら、あいつらは一体どう思うのか。
虚勢だけの奴、なんて思われないか。
「難しい顔してる」
いつの間にベンチから至近距離まで近付いていた相川に顔を覗き込まれた。あまりの近さに頭を引く。
「どうせ女々しい事でも考えてたんでしょう? 先輩らしくもない」
「うっせーな。お前に何が分かるんだよ」
思考の中を見透かされたようで苛立ってしまった。相川は一瞬びくつき、そのまま離れていくかと思ったら、逆だった。
胸倉掴まれた。
「たかが全治二週間程度の怪我で部活人生の終わりみたいに落ち込んでるんじゃないわよ」
いつもはどこかおふざけが入った声音が、低く怒声の混じったものになっている。
「この世にはね、一生ものの怪我して泣く泣くスポーツを諦めた奴がごまんと居るの。
スポーツしかしてなくて、これからの人生どう生きていけばいいか分からなくなった奴が沢山居るの。
先輩は後一週間もすれば復帰出来る人間でしょう?
待っている人達の反応が怖いなら怖くなくなるまで練習して。ブランクなんか感じさせないくらい動けばいいんだから」
ユニフォームを握っていた手は離れ、我に返ったのか「ごめんなさい」と小さく聞こえた。唖然として何も言えない。
何で、こいつはこんな真剣に。まるで怪我でダメになった人間を見てきたかのような態度。
素人じゃ中々出来ない応急処置法を知っていたし、もしかして。
思った以上に相川の声が大きかったのか、騒ぎに気付いたグラウンドの奴らがこちらに向かって来ていた。勝手に気まずい気分になって視線をはずす。
「マネージャーどうしたー?」
バッテリーを組んでいる滝が一番にやって来て様子を伺う。
「何でもないですよ。ちょっと先輩が弱ってから渇入れちゃいました」
「そっかー。こいつ意外とメンタル弱いんだよなー。それと思い込みが激しい」
「うっせバーカ!」
滝を見上げると意地の悪そうな笑みを浮かべていて、頭をどつかれた。
「さっさと戻って来いよ。態度デカイ奴がいないといびり甲斐がないんだよ」
そうだそうだと後からやって来た他の部員も頷く。そこには悪意も何もなかった。
一緒に練習してきた、気の合う奴らの顔だった。
「さーて、マネージャーに苛められたバカはほっておいて練習戻るぞー」
再び二人にされる。ちらりと相川の方を見るとあっちも同じ事をしたみたいで目が合ってしまった。
すぐに逸らして、それじゃいけないと思って、口元で「悪かったな」と小さく言った。
もう一度見てみたら嬉しそうな笑みを浮かべていて、いつも通りの口調で、
「帰り、アイス奢ってくださいね」
何で俺が、と文句を言おうとしたけど止めた。アイスの一本くらい買ってやろうと思う。
走り回らなくても汗まみれになる炎天下。澄んだ青の中に、決して美味しそうには見えない入道雲が映えている。
「お前はそんなにわたあめが好きなのか」
学校が夏休みに入ると運動部はさて本番とばかりに練習を詰め込む。勿論野球部も例外ではなく。
炎天下の中暑苦しいユニフォームを着て小さい白球を追いかけていた。時折監督の怒号が聞こえる。
しかしその中に例外が一人居た。マネージャーに背中を思い切り押されている俺。
「せんぱーい。体硬いですよー」
「うるせ、柔軟は体質かガキの頃の努力で決まるんだよ」
終業式を目前に控えていた日の放課後練習。練習試合で打ち取った筈のゴロが左足首に直撃した。
距離が近かった所為か直撃部分は大きく腫れ、歩くのも困難になる程。
練習に参加する事など出来るわけもなく、こうして一人汗臭い集団から離れてマネージャーと筋トレや柔軟をしていた。
部室の前はグラウンドがよく見えて、ボールがバッドに当たる音が聞こえるとどうしても視線がそちらへ行ってしまう。
「はい終わり。先輩、この際別メニューを全部柔軟にしましょう。投手なんだし、体が柔らかくて損はないですよ」
「それじゃあ筋トレはどうするんだよ。球速が落ちたらどうする」
「どうせ家で自主練しているでしょう? 無理に動かれても困るのでそっちで筋トレはしてください」
入部当時は野球の知識なんか皆無に等しかったマネージャーの相川。
半年も経たない内にルールは勿論、敵城視察の極意や効率の良い練習方法を身に付けていた。
何故か専門的な応急処置法は知っていたし。
去年卒業した、形だけの不真面目な先輩達とは違い正直とても助かっている。
先輩だろうが誰だろうが口の利き方が生意気な所はたまにキズだけど。
あらかじめ用意されていた練習メニューを一セット終わらせると相川は近くのベンチの上に置いてあったボードを取って何かを書き始めた。
恐らく体の硬さを指摘する文章に違いない。取り上げて修正させたい所だが素早く立ち上がれないので間に合わない。
「ベンチ、いつも以上に軋んだぞ。アイスの食べ過ぎか?」
悔しかったので少し意地悪を言ってみた。部室の外に置いてある青いベンチは小さな野球場などでよく見るプラスチックのもの。
監督が何処かから貰ってきたとか。年季が入っているので誰が座ってもと、ミシ・と嫌な音がする。
それでなくても熱さでほてっている相川の顔が更に赤みを増した。え、もしかして図星?
「先輩、足治ったら外周二十周を命ずる」
「お前何の権限があってそんな事言えるんだよ!」
「監督が何やらせてもいいって言ったんですもん」
意地悪をしたのはこちらの方なのに相川の方が楽しそうな顔をする。
女の子なんだから気にするであろう日焼け。顔は七月が半分も過ぎると真っ黒になっていた。
日焼け止めを塗らないのかと聞いてみた事があったが、「そんな事気にする暇があったら敵校の弱点でも探しています」と一蹴された。
別に始めから野球が好きだったわけでもないのに、何でそこまで出来るのか。
「あと一週間もすれば治るってお医者様は言ってたんですよね。いつまでもこんな所で寂しく練習なんて飽きちゃったでしょう?」
別練習に入ってから、相川は専属マネージャーにでもなったかのように俺に付きっ切りだった。
感謝しないといけない所なんだけど、なんだか一層、情けなさが増して。
ゴロだって上手く処理すれば当たる事なんてなかった。監督は不慮の事故なのだから仕方がないと言ってくれたが、ふがいない事には変わりない。
地区大会は二回戦負けで終わっていたから良かったものの、完治してあいつらの中に戻っていく瞬間がものすごく嫌だった。
投手は自信を持って偉そうな顔をしないとチームがしまらないのだけど、戻って早々大きな顔をしたら、あいつらは一体どう思うのか。
虚勢だけの奴、なんて思われないか。
「難しい顔してる」
いつの間にベンチから至近距離まで近付いていた相川に顔を覗き込まれた。あまりの近さに頭を引く。
「どうせ女々しい事でも考えてたんでしょう? 先輩らしくもない」
「うっせーな。お前に何が分かるんだよ」
思考の中を見透かされたようで苛立ってしまった。相川は一瞬びくつき、そのまま離れていくかと思ったら、逆だった。
胸倉掴まれた。
「たかが全治二週間程度の怪我で部活人生の終わりみたいに落ち込んでるんじゃないわよ」
いつもはどこかおふざけが入った声音が、低く怒声の混じったものになっている。
「この世にはね、一生ものの怪我して泣く泣くスポーツを諦めた奴がごまんと居るの。
スポーツしかしてなくて、これからの人生どう生きていけばいいか分からなくなった奴が沢山居るの。
先輩は後一週間もすれば復帰出来る人間でしょう?
待っている人達の反応が怖いなら怖くなくなるまで練習して。ブランクなんか感じさせないくらい動けばいいんだから」
ユニフォームを握っていた手は離れ、我に返ったのか「ごめんなさい」と小さく聞こえた。唖然として何も言えない。
何で、こいつはこんな真剣に。まるで怪我でダメになった人間を見てきたかのような態度。
素人じゃ中々出来ない応急処置法を知っていたし、もしかして。
思った以上に相川の声が大きかったのか、騒ぎに気付いたグラウンドの奴らがこちらに向かって来ていた。勝手に気まずい気分になって視線をはずす。
「マネージャーどうしたー?」
バッテリーを組んでいる滝が一番にやって来て様子を伺う。
「何でもないですよ。ちょっと先輩が弱ってから渇入れちゃいました」
「そっかー。こいつ意外とメンタル弱いんだよなー。それと思い込みが激しい」
「うっせバーカ!」
滝を見上げると意地の悪そうな笑みを浮かべていて、頭をどつかれた。
「さっさと戻って来いよ。態度デカイ奴がいないといびり甲斐がないんだよ」
そうだそうだと後からやって来た他の部員も頷く。そこには悪意も何もなかった。
一緒に練習してきた、気の合う奴らの顔だった。
「さーて、マネージャーに苛められたバカはほっておいて練習戻るぞー」
再び二人にされる。ちらりと相川の方を見るとあっちも同じ事をしたみたいで目が合ってしまった。
すぐに逸らして、それじゃいけないと思って、口元で「悪かったな」と小さく言った。
もう一度見てみたら嬉しそうな笑みを浮かべていて、いつも通りの口調で、
「帰り、アイス奢ってくださいね」
何で俺が、と文句を言おうとしたけど止めた。アイスの一本くらい買ってやろうと思う。
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11.11.29
etc「twnovel log10」
11.09.08
etc「twnovel log9」
11.08.27
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11.09.08
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