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あたしに向けたものと全く同じ笑顔で対応する。コンビニでこの営業スマイルなら優秀だ。
「ふみちゃん、今晩呑みに行かない?」
昼食を買いに来た専門学校生の波が一瞬途絶えた所で、隣でレジをしていた先輩がにっこりと笑いながら言った。
ワイシャツ・ネクタイの上に着る水色の制服は先輩の笑顔にあまりに似合わず、コンビニの店員と言うよりパチンコの呼び込みに見えた。
「今日、ですか?」
「うん。友達が最近居酒屋開いてさ。今日来たらサービスするって言われたんだ」
週明けの月曜日、居酒屋は暇なのかもしれない。サービスしてでも売上がある方がよっぽどマシなんだろう。
しかし、店を一店舗出してしまう友人が居るって、この人一体何歳なんだろう。
今まで聞いた事もないし気にした事もなかったけど愛想笑いが染み付いた笑顔を見ると、あたしが思ったより長い人生を送っているのかもしれない。
「すみません今日は、」
「ありがとうございまーす」
慎ましく断りを入れようと思ったら先輩のレジにお客が来てしまった。
あたしに向けたものと全く同じ笑顔で対応する。コンビニでこの営業スマイルなら優秀だ。
対照にあたしは自然に零れる表情を大切にした接客を貫いて、この間店長に冷ややかな視線を貰った。
「ありがとうございましたー。ふみちゃんさっき何か言いかけた?」
「あ、えーと。今日はその」
「そういえば其処、上手い酒ばっか揃っててさ。ふみちゃんこの前芋焼酎好きって言ってたよね?」
確かに好きな酒を尋ねられて適当にそう答えた記憶がある。その晩の夜に芋焼酎飲んでたという理由だけなんだけど。
断ろうにも途切れ途切れにレジが入ってきてまともに会話が出来ない。
しかもあたしが喋りだそうとすると先輩がすごい勢いで話し出すし。
今日言ったら何杯かはタダだとか、料理は新鮮な魚を入れてるから刺身が美味いだとか、メニューの中に自分が考案した料理があるだとか。
まだ行くとは一言も言っていないのに。
昼休みも過ぎた時間になったのでお客の姿はまばらになっていた。
雑誌コーナーに立ち読みの冷やかし客が何人か居るだけで、先輩の話が更に白熱しそうな嫌な予感がした時、コピー機の方から「すみません」と呼ぶ声がした。
コピー機の方へ顔を出すと、高そうなスーツ姿の男性が立っていた。一瞬足が止まったが、店員の顔で近づく。
「どうかしましたか?」
「紙切れちゃったみたいで」
「あ、少々お待ちください」
レジの裏手に回って新しい紙を持ってくる。急いで戻りセットをすると、彼も店員に向けるような顔で「ありがとう」と言われた。
レジに戻ると「で、どうする?」と断りを拒否するような顔で先輩に聞かれた。
先輩が拒否しようがしなかろうが、本日、否、いつまで経っても先輩の誘いには。
「すみません」
お互い横を向いていたのでレジにお客が居る事に気付かなかった。先輩が「すみません」と言いながら商品を受け取る。
午後ティーのストレート一本をレジに通すと「百四十七円です」と少し不機嫌そうな声で先輩が言った。
逆にスーツ姿の男性は、今まで見た事もない笑顔を浮かべている。
「ありがとうございました」
「あの」
「はい?」
マズイ。あたしは本能で悟った。
「この子誘っていました?」
「は?」
「だから、今晩のお供にこの子誘ってましたか? って聞いたんです」
慌ててレジを飛び出して男性の元へ駆け寄る。腕を抑えて静止しようとしたが遅かった。
「ちょっと貴志(たかし)ま、」
スーツが似合う男性の右手が、先輩の脳天に振り落とされた。名称・空手チョップ。
見た目以上に激痛だったらしく先輩はその場にうずくまる。
「貴志っ、この人先輩なんだよっ」
「俺にとっては先輩じゃない。それに今日は俺と約束あるだろうが」
「そういう事を今言う時じゃないでしょ!」
仮面のように張り付いていた笑顔が完全に崩れ、悲痛そうな表情で先輩が立ち上がる。
何が何だか分からないという顔。その顔を見て貴志は更に嬉しそうな顔をしてあたしの肩を抱いた。
「すいません。こいつ俺のなんで。次やったら脳天じゃ済まないと思ってくださいね」
言いたい事を言って満足したのか、貴志はあろうことかその場でキスをして店から出て行った。
先輩は呆然として立ち尽くしているし、立ち読みをしていたお客は全員こっちを見ている。恥ずかしくて死にそう。
またバイト先を変えないといけない。もうため息も出なかった。
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